第二章:好意と憎悪は紙一重

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 目を覚ませば、妹が僕に寄り添って眠っていた。情けないことに、PTSDで自傷行為に走って頭を掻き毟って血まみれになり、茜さんと宙に押さえ付けられて薬で眠らされた。時計の短針は60°進んでいた。  すやすやと寝息をたてる妹の頭を、出来るだけ気持ちを込めて撫でてやる。それから、起こさないようにそっとベッドから抜け出した。  我ながら危なげな足取りで居間に辿り着くと、ソファーに腰を降ろして小説を読み耽っている宙の後ろ姿があって、僕は静かにその隣に腰掛けた。  一瞬、宙はびくりと身体を震わせたが、僕を一瞥だけすると再び小説を読み始めた。  その横顔には何かを待っているような雰囲気があって、宙から僕に言葉を掛けることが禁じられているような気すら感じられた。  僕は宙の視線が僕に向けられないのを少し寂しく感じて、目を伏せた。  いつの間にか、握りこぶしが膝の上に鎮座していて、爪が食い込んで手の平が熱くなっているのは、僕の深奥で息づく心が何かを訴えているようだった。  だから、僕は深く息を吸って、思いを形にした。 「僕の為に、力を貸して欲しい」  妹をスクウのも僕の勝手で、宙に助力を請うのも僕の勝手。  宙はきっと助けてくれると確信した上で、懇願するような形で人の同情心を煽るのだ。ああ、なんて卑怯な。  案の定、宙はそっと小説から目を離して、僕の瞳の奥を覗き込むように、真っ直ぐ見つめ返す。  宙の瞳は澄んで眩しくて、僕は目を逸らしたくなるのを必死に我慢した。  それから無限にも、夢幻にも思えるような時間見つめ合った。  やがて、どちらともなく相好を崩した僕らは、柄にもない行動を取ったことが擽ったく感じて、忍び笑いを洩らした。  だって、僕らは顔の造形だけではなく、思考すら同調させるドッペルゲンガーなのだから。  相手を試すなんて馬鹿らしいじゃないか。 「「ほんと馬鹿」」 「だよ、僕は」 「よね、貴方は」
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