第二章:好意と憎悪は紙一重

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◇ ◇ ◇  あたし達は夏祭りに来ていた。  神社はとーぜんのように人が沢山いて、人の海で遭難してしまったように感じた。人海戦術って上手い例えだとあたしは思うよ。  金魚すくいや射的などの屋台が立ち並び、様々な食べ物のお店からいい匂いが漂っている。  ソースの焼けるいい匂いを深く吸い込むと、ぐぅーっとお腹の虫が鳴いて、あたしは恥ずかしくなって顔を俯かせた。  すると、お兄ちゃんはあたしの手を引いてイカ焼き屋の前まで行き、何枚食べたい? と尋ねてきた。  一枚に決まってるじゃん! とあたしが怒って言うと、そりゃあそうだよね。と、のんびりとした調子で口にして、じゃあ一枚で。と、イカ焼き屋のおじさんに二百円を手渡した。  ほどなくしてイカ焼きが出来上がり、にーちゃんはそれを受け取るとあたしにはいどーぞ、とすぐにイカ焼きをくれる。  あたしはぶっきらぼうにありがと、と返事をして、すぐさまイカ焼きにがっついた。  祭り仕様の薄いイカ焼きを頬張りながら、お兄ちゃんと所在なく歩き回る。  一緒に射的をしようか? とあたしを誘ったところで、お兄ちゃんは頬っぺたにソース付いてるよ、と可笑しそうに頬を緩めた。  あたしはしゅぼっ! と顔が発火するのを感じて、口を拭おうと右手を上げた。  だけど、お兄ちゃんはあたしの手を掴んで、せっかく呉服屋で借りた、君に似合う可愛い浴衣が汚れるよ、と言ってポケットからティッシュを取り出して献身的にソースを拭った。  周囲から集う野暮な視線と、お兄ちゃんのキザな誉め言葉があたしの羞恥心を刺激して、顔が発火どころかグツグツと煮え立つマグマになってしまったのかと錯覚しそうになる。  一刻も早く、晒し者になるのを逃れたくて、あたしはお兄ちゃんの手を引いて、神社の隣にある人気のない梅林の方へと急いだ。
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