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お祭りの熱気が遠退いて、冷ややかな風が火照った頬を撫で、少し気持ちが良い。
あたしはお兄ちゃんを引き、梅の木の下にあるベンチに腰掛けた。
繋いだ手を離して、意識を梅林に向けた。
人の気配が殆ど感じられない閑散とした様子に夜の静けさが上手く溶け込んでいるみたい。
これで梅が咲いていたら綺麗だったかも。と、にーちゃんと一緒に見に来れなかったことが少し残念に思った。
だけど……、
そんな呑気な考えに水を刺すように、砂利を踏み締める音が耳に届いて、あたしはハッとその音の方に振り返った。
月の光が厚い雲に遮られて、視線の先は闇が漂うだけで何も見えない。
けれど、その足音は確実にこっちに向かってきていて、あたしの皮膚は本能的に泡立った。
悪寒が走り、寒くもないのにガチガチと歯が小刻みにぶつかる。
嫌悪感、圧倒的な拒絶感。あたしの身体が思い出したように震えだし、身に覚えのある気配を敏感に察知している。
「こんばんは」
鈴を転がしたような声は夜の静けさを切り裂いて、あたしに最悪の事態を告げた。
「迎えに来ましたよ、愛美さん」
闇に映える金の煌めき、自然過ぎて不自然な笑顔。それらは全てあたしを蝕む悪意の元凶だ。
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