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ナイフ、ナイフは!
右、左、と辺りを見回して、ようやく私の目にナイフが映る。
が、ナイフは誰かに拾いあげられている最中で、その手の主はお義兄さんだった。
左手で袈裟に振るったり、横に凪いだり、一息に突いたりと感触を試すように素振りをする姿は見事な絵になっていた。
長年彼が使い続けてきたかのような。そんな風に彼がナイフを持つ姿がしっくりくるように見えてしまう。
と、私が見惚れている間に彼の目とナイフの矛先が私に向けられていた。
私は蛇に睨まれた蛙のように身を竦ませて固まってしまう。
無言で無表情。言い知れぬ威圧感が私の動きを鈍らせている。
動け、動け!
動かないと、
殺される!
のろり、のろり。
ふらり、ふらり。
ゆらり、ゆらり。
ゆっくりと右へ左へ揺れながら彼は私のもとへ少しずつ近付いて来る。
私は無様に後退って、背中を冷たい汗が伝うのを感じる。
彼は愉悦でか唇を歪めて不敵に笑った。
「さようなら」
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