第二章:好意と憎悪は紙一重

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「やり過ぎた?」 「どう見ても過剰防衛、むしろ攻撃の範疇」 「だよねー」 「……」 「……」 「「まぁ、いいか」」  妥協というより現実逃避をして二人は地面に座り込んだ。 「そろそろ、それ取ったら?」 「ああ、そういえば……。あんまり馴染んでるから忘れてた」  お兄ちゃんは髪を引っ掴んで、空に向かって放り投げた。  窮屈に押しこめられていた濡れ羽色の長髪が風に舞う。お兄ちゃんは“お姉ちゃん”になった。 「つーか、あたしの兄は“にーちゃん”一人だけで“お兄ちゃん”なんかいないし」 「なにか言ったかしら?」 「べっつにー」  「あう……、髪が汗でベタベタぁ……」と、文句を垂れるお姉ちゃんの頭をにーちゃんがガシガシと乱暴に撫でた。 「ちょっ、やめてよ! ボサボサになるじゃない!」 「あはは。無礼講、無礼講」  にーちゃんはいつもより緩んだ声音で楽しそうに笑っている。嫌がるお姉ちゃんを無視してガシガシと撫で続ける。 「ほら、“愛美”も」  あ、え、ええ? にーちゃん、が。にーちゃんが、あたしの。あたしの名前を呼んだ? 「愛美? 聞こえてる?」  ああ……。それだけであたしは救われる。あたしがにーちゃんに許容される。  胸が熱くなって、不意に視界がぼやけた。許容量を超えたそれが頬を伝って流れ落ちる。 「うぇ、え? そこで泣くの?」 「やーい、泣かした、泣かした。女泣かせのシリコン男」 「シリコンじゃねえよ!」  なんて戯れる二人を見て、あたしは可笑しくなってお腹を抱えて笑いだしてしまう。  突然、笑い転げたあたしを見てきょとんとする二人。笑い過ぎて息も絶え絶えになりながらも、あたしは笑い続けた。  こんなに笑ったのは久しぶりだったから。ようやく、あたしの本当の笑顔を晒せるから。  そんなあたしを見て、何故かにーちゃんも涙を流しながら、嬉しそうな笑みを形作った。 「明日三人で祭りを楽しもうか」  返事の代わりに、あたしは心からの笑顔を浮かべた。
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