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「いい加減何か言ったら!?」  不意に、背後で金切り声が響いた。続いて、どん! と床を踏み鳴らす荒々しい音。何だ何だ。  少し離れたテーブルで、アンリが仁王立ちしてそこに腰掛ける男を睨みつけていた。  一体なにがあったのか知らないけど、チャンスとばかりにカフは「ちょっとごめんなさい」とガリ男に声を掛けて騒動の方へ顔を出した。 「……何でさっきから何も言わないわけ? 折角このボクが誘ってあげてるのにマジありえないんだけど!」 ――『誘ってあげた』って……あのプライドの塊みたいなアンリが、自分から誘った?  その事実も驚きだが、息も荒く男に向かって喚きたてる姿は、いつものつんと自信たっぷりに澄ましているアンリだとはとても思えない。  近くをたむろしていた子たちもぽかんと口を開けて現場を凝視している。が、すぐに皆そそくさと関わりたくなさそうに離れていった。  アンリの怒りの矛先が向けられている男は、聞いているのか聞いていないのか、俯き加減のままだんまりを決め込んでいる。 ――うわ、髪の毛真っ赤。  遠目からでもはっきり分かる。うなじの辺りで簡素に纏められ、肩甲骨の間から腰の辺りまで細く垂れている髪は燃えるように赤い。ビビッドな色調ではなく、流れたての血を連想させられる不吉な色合いだけど。  ふー、ふー、と毛を逆立てた猫みたいにガンとして退こうとしないアンリ。それでもまだ、俯き加減でうんともすんとも言わない赤毛の軍人さん。  ヒステリックになったアンリは何をしでかすか分からない。今にもあの綺麗に整えられた色とりどりの爪が武器へと豹変し、赤毛のその人に向けられるんじゃないかとカフは気が気ではなかった。いくらアンリがユウレンいちの売れっ子とは言え、軍人相手に度を越した無礼を働いて無事でいられる保障はない。むしろ、あんな風に怒鳴りつけた時点でしょっぴかれていてもおかしくはないのだ。
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