『departmental lovers.』

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   その部屋は、行為に必要な物以外には下世話に人の欲情を煽る小細工が有るだけだった。  目を覆いたくなる様な色彩の照明も、卑猥な映像を垂れ流すだけの電脳箱も。  此処では全てが“その行為”のためだけに誂えられ、それ以外の用意は何も無い。あまつさえ、何等かの欲を抱かない人間の訪問すら疎ましいと思っているかの様に。  香奈は、甘くも重怠い余韻を残す身体を横たえたままで、黄ばみかけたレースのカーテン越しに白み始める今朝の空を想った。  起き上がってそれを目にする気など更々無い。  極度の乾きのあまりに己の眼球に張り付いたコンタクトレンズが、今は程良いフィルターとなって光を和らげてくれている。  それなのに、自ら光に灼かれに行くなど正気の沙汰では無い、と。  この身体が置かれている現実から目を逸らすように、香奈はぐるりと身体の向きを変え、汗と安石鹸と男女の蜜匂う羽根枕へ顔を埋めた。  次第に呼吸が苦しくなる。  伴って早くなる鼓動が、同じく酸素不足の所為ならどんなに救われるだろうかと、更に息を押し殺す。  
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