『departmental lovers.』

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  ▼  新たな年を迎えるには未だ一ヶ月はあると云うのに、既に忙しない雰囲気が店内にはごった返していた。  尾を引き続ける不景気で、客の財布の紐はきつく閉められたままだったが、歳暮と云う名の気の遣い合いのために商品を眺めに来る素通り客。  不景気とは無縁の、量より質を求めて足繁く通う常連客。  いずれにも属さない、言わばミーハー心から徘徊しに来る客、などなど。  巨大な百貨店の店内は、迷子案内や駐車場の混雑ぶりのアナウンスすら無かったものの様にして、行き交う客の声やそれに呼応する販売員の売り文句で雑音が幾重にも連なって賑々しいのだった。  また、ああだこうだと宣(のたま)う人間の足取りは、いつもに増してその速度を緩め。  品定めとは名ばかりの寄り道を繰り返して、人のうねりは一向に流れる気配を見せない。  頭の傍らを痛めんばかりの喧騒と、気の遠くなるような黒山のその合間を、一人の女は荷物がこれでもかと積め込まれた段ボールを重ねて行き過ぎた。 「よい……しょっと」  ふらつき気味に自分の売り場の中へ荷物を押し込むと、真冬でも剥き出しの両膝に手を突いて、肩でわざとらしく息をした。 「ご苦労さん、香奈ちゃん」  
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