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手綱をグイグイ引っ張りながら、マルスは新雪に足跡を刻んだ。
僕も依子も、ほんとは踏み締められた道を歩きたいのだけれど、こんなに楽しそうな走りを見たら、止めることなんてできない。
もっとも、止める腕力もない訳だけれど。
僕のジャンパーの肘を掴みながら、依子はついて来る。
「加トちゃん先輩、速いです。」
速いのは、僕じゃなくてマルスなんだけど…
何だか、弟と妹の面倒を見るお兄ちゃんになったみたいだ。
「マルス!!」
試しに名前を呼んでみるけれど、楽しさいっぱいのマルスは、ズル賢く僕の声に気付かないふりで走り続ける。
「…マルス。」
僕の真似して、今度は依子が呼ぶ。
マルスは立ち止まって振り返る。
…犬畜生め、腹が立つ。
「校庭の桜って、本当ですかね?」
落ち着いたところで、依子が言った。
グラウンドのソメイヨシノの伝説だ。
恵ちゃんが僕ら2年に教えてくれたみたいに、2年の誰かが依子たち1年に教えたんだろう。
そうして、代々語り継がれてきた伝説だ。
『桜が芽吹く頃、その木の下でキスを交わした男女は、永遠に結ばれる』
僕にとって、とても大切な伝説。
今年こそは、マツモトユミとキスをする。
―そう決めていたから。
本当かどうかは、どっちだって構わない。
ただ、臆病な僕の背中を押してくれるのは、その如何わしい伝説しかない。
たとえ信じないとしても、僕は嘘っぱちだなんて言ってはいけない気がしていた。
「本当だよ。だって、嘘っぱちなら、誰も語り継がないもの。だから、僕は信じてる。」
依子の目を見据えて、僕は断言した。
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