一話 桜

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「という事だ。『桜の君』はここで世話になりなさい」 「『桜の君』……?」 首を傾げた苑衣に、頼光は目を細める。 「庭の桜がよく似合う。名前は親しい者しか呼ばぬから、その通り名を使うがいい」 「ありがとうございます」 頭を下げた苑衣に、頼光は頷く。 ふと、思いついたように、身を乗り出した。 「桜の君は何歳だ」 「は……えっと、十八です」 「何と!行き遅れではないか!」 「えっと。私の時代ではこの年でも婚儀を済ます人は少ないですよ」 「いかんいかん。この綱もな、二十五になったのに未だ独り身なんだ」 悟った晴明と青年が青ざめ、頼光に首を振る。 苑衣は驚いて青年を見た。 もっと若いと思っていたが、二十代後半なのか。 この時代では恋愛結婚は少なく、ほとんどは政略結婚だ。 これくらい広い屋敷なら、それなりの地位だろう。なのに、誰も嫁いでいないとは。 「殿!流石にそれは!」 「頼光様、面白半分でそれは」 「悪くないであろう。何、本人の意思だ」 「殿ぉぉっ!?」 「桜の君、綱の正室になるだろう?」 さぁっと風が吹き、桜の花びらがひらひら舞う。 苑衣は固まったまま、徐々に顔を赤くした。 正室とは、妻になるという事だ。 しかも本妻。 真っ赤になったまま、苑衣は良い返事を期待している頼光に泣きそうになった。 『ならないか?』ではなく『なるだろう?』と聞かれたら、何て答えればいいのだろう。 .
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