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宮中では陰謀が渦巻いている。
己の立身出世の為なら、他人を犠牲にする等、当たり前だ。
その乞食もそうなのだろう。
不意に騒がしさが消えた。
傍らにいた気配が消え、暫くして妻戸の前で声が掛けられる。
「入ってもいいか」
「綱様?」
妻戸が開き、まだ烏帽子を着けている綱が入って来た。
早過ぎる帰宅に、苑衣は目を瞬いた。
「何だ?」
「あ、いえ。お帰りなさいませ」
三つ指を付いて頭を下げれば、綱は表情を僅かに和らげ向かいに座った。
綱は帰ると必ず、部屋に来る。
理由は分からないが、お蔭で一日一回は顔を合わせた。
「今日はお早いんですね」
「早番だったからな」
にしては早いだろ。
「そういえば、物乞いが来ていたそうですが」
「ああ。皆が必死で追い返してたが、また来るだろ」
「……貴族の方だったらしいです」
驚いたように目を見張り、綱は隅へ視線をやる。
まだ控えている二人の神将は、その視線に気まずそうにした。
「……俺には教えずこいつには教えたんだな」
『伝える必要が無かったと』
「言い訳無用」
責めているようで、拗ねて見えるのだから、苑衣は小さく笑った。
ふと、また騒がしくなる。
これには全員、面食らった。
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