五話 誘拐

2/23
前へ
/384ページ
次へ
暑さには絶対に向かないと、苑衣は自分が着てる袿を睨み下ろしていた。 庭の桜の木は青々と葉を繁らせ、白砂は太陽光を眩しく反射し、屋敷には必需品の遣水だけが涼しそう。 御簾の向こうの景色は別世界だ。 何時もならだらけて徳芳に怒られているが、今日はそういう訳にはいかない。 「空木ちゃん、本当に来るの?」 「はい。あわわ!もっとシャンとして下さい」 「……頼光様の使いなんて、珍しい」 使いを寄越すのではなく、何故だかご本人がいらっしゃるのだから。 昨夜の突発性の宴の帰り、わざわざ寄って帰ってくれたのに、何の用か。 「そういえばそうですね」 さくさくと支度をしていた百未も、手を休め首を捻る。 苑衣の髪を梳いていた空木が不安そうな目になる。 「殿に何かあったのでは」 「綱様に?」 昨夜別れたまま会わない綱を思い出し、心配になった苑衣は、空木を振り返る。 「空木、いらない心配をお掛けしないの」 「でも。毎日、昼は公務夜は夜警の繰り返しですし」 睡眠時間も少ない。 考えれば考える程、苑衣達三人は心配になる。 .
/384ページ

最初のコメントを投稿しよう!

309人が本棚に入れています
本棚に追加