309人が本棚に入れています
本棚に追加
/384ページ
青年は思い出したように、唐櫃から制服を取り出した。
見慣れたセーラー服に、何故だか安堵する。
「この奇妙な着物に着替えろ」
言われなくても着替える。
受け取ると、青年は一旦退室した。
その間に単衣を脱いで、セーラー服に着替えた。
転んだのに汚れていないという事は、洗ってくれたのだろう。
櫛を見つけて髪を梳くと、苑衣は簀子に出た。
春の日差しの下、白砂が敷き詰められた豪奢な庭には、桜が咲いていた。
「……綺麗」
桜なんて見慣れた植物なのに、何故こんなにも綺麗に見えるのだろう。
空に雲は無く、澄んだ蒼穹が広がる。
温かい風に包まれれば、心は穏やかになる。
高い建物など何処にも無いのだから、世界は広く感じた。
「桜は好きかい?」
不意に声を掛けられ振り返ると、穏やかな笑みを浮かべた男が立っていた。
高い鼻梁に薄い唇。
笑みが似合う男は、女なら絶対に振り向くだろう綺麗な容姿をしていた。
黒炭の直衣が似合う。
烏帽子を常日頃着用しているのは当然なのだろう。だが、さっきの青年は着けていなかった。
「……あの」
「ああ、失礼。源頼光と申します」
「田崎苑衣です」
「氏があるのならば、貴族の姫か」
誰もが名字を持つのは、随分と先の話だ。
苑衣は慌てて首を振った。
.
最初のコメントを投稿しよう!