一話 桜

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青年は思い出したように、唐櫃から制服を取り出した。 見慣れたセーラー服に、何故だか安堵する。 「この奇妙な着物に着替えろ」 言われなくても着替える。 受け取ると、青年は一旦退室した。 その間に単衣を脱いで、セーラー服に着替えた。 転んだのに汚れていないという事は、洗ってくれたのだろう。 櫛を見つけて髪を梳くと、苑衣は簀子に出た。 春の日差しの下、白砂が敷き詰められた豪奢な庭には、桜が咲いていた。 「……綺麗」 桜なんて見慣れた植物なのに、何故こんなにも綺麗に見えるのだろう。 空に雲は無く、澄んだ蒼穹が広がる。 温かい風に包まれれば、心は穏やかになる。 高い建物など何処にも無いのだから、世界は広く感じた。 「桜は好きかい?」 不意に声を掛けられ振り返ると、穏やかな笑みを浮かべた男が立っていた。 高い鼻梁に薄い唇。 笑みが似合う男は、女なら絶対に振り向くだろう綺麗な容姿をしていた。 黒炭の直衣が似合う。 烏帽子を常日頃着用しているのは当然なのだろう。だが、さっきの青年は着けていなかった。 「……あの」 「ああ、失礼。源頼光と申します」 「田崎苑衣です」 「氏があるのならば、貴族の姫か」 誰もが名字を持つのは、随分と先の話だ。 苑衣は慌てて首を振った。 .
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