扉を開けると、そこはパラレルワールドでした

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「えっと、教室で部誌を拝見しまして」 各教室と図書館に設置され、数か月に一度文芸部が発行している部誌『とぶなべ』。 名前の由来はこの近辺に古くからある伝承だという。 掲載される部員たちはペンネームという名の匿名。 「それで、望月望さんの作品を読んで感動して……」 鳥肌が立つような美しい童話だった。 子供に聞かせるような優しく丁寧な語り口。作者の主張が溶けた透明で瑞々しい文体の中に、仄かな現実が見えた。 「あんな物語が書きたい。例え無理でも少しでも近づけたいと思ったんです」 言葉が心に響き、絶望に沈む自分を奮い立たせ、明日を生きる勇気を与える。そんな力が、あの物語にはあった。 それは私の究極の目標であり、希望だった。 「ああ、“岬”のやつね」 岬とは望月望の本名だろうか。期待がふつふつ込み上げる。 「そういや今日は姿が見えんけど?」 「ああ、日直だから遅れるって言ってた。そろそろ来るんじゃないか?」 その時、背面の鉄戸が軋みを上げてスライドした。
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