序曲

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「これでお別れじゃ、ないんだから」 瑞々(みずみず)しい肌は、降りたての白雪。瑠璃の花を差した栗髪は風と戯(たわむ)れ、長い睫毛に彩られた同色のつぶらな瞳は、庭園にも似た若草の街並みを見下ろす。その横顔は、未だ少女のあどけなさ。 突き抜ける紺青の空には、雲一つない。聳(そび)え立つ幾つもの白亜の搭は、陽を受け螺鈿(らでん)に輝き、遠くにあるほどどっしりと高い。空気がそういう魔法を含んでいるのかもしれないし、実際にそうなのかもしれない。 新緑の眩しい杏が立つ小高い丘。二人だけの……明日からは一人ぼっちの、秘密の場所。 「私はね、この世界が好きだよ。だから少しでも恩返しがしたいの。祈りの巫女に選ばれたのは、とても名誉で幸運なことだと思う」 彼女の思いは、頭では理解できた。けれど彼女は引きつけて止まない特別な存在。そこにいるだけで光が満ちる太陽。自分の世界は彼女中心に回っていて、長く離れることを全身が拒絶する。 そんな風にだだをこねて、彼女に子供扱いされることがわかっていても。 きつく唇を噛んだ自分に、彼女は柔らかく笑いかけた。 「また、すぐに会えるよ」 それは魔法の呪文みたいで、何故だか心の底から信じられる気がした。 けれど、ユカラが彼女と再会するのは、だいぶ後のことになる。
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