棘に満ちた月

2/3
前へ
/14ページ
次へ
ざぁっと流れていた映像が風に靡く草の音と共に過ぎ去っていく。 「……………」 ゆっくりと目を開けると、夢から現実の世界へと引き戻された。 彼が昔の事を夢で見るのは久々であった。 「13年も前の夢…」 虚しく光る月を眺めながら一人呟く。 月は小さく悲しく彼を照らしていた。 「………セレナーデ」 先程の夢に出てきた少女の名前。 その名を小さく呟くと首につけているネックレスに触れた。 「…………」 指先に触れた石の感触は、あの少女…セレナーデと離れた後の事を思い出す。 たくさんの人を傷つけ、恨み、憎しみあいながら13年もの時を過ごした。 守るべきものなどは全て失った。 ただ一人で永らえながら生きて行く…。 たった一人で…虚しく、悲しい日々を過ごしてきたのだ。 「…感情なんて…」 ふとゼウスは呟いた。 「感情なんて……随分昔に捨てたものだ…」 静かにそう呟くと、またゆっくりと目を閉じていく。 守るべきものも失い、ゼウスは感情さえも失ったのだ。 「…俺は……俺は何の為に生き、何の為に死んでいくんだ?」 誰かに問いかけるかのようにゼウスは呟くと小さく笑った。 「結局、俺は……」 手を固く握りしめ、地面に強く打ち付けた。 ダンッと言う音も一瞬にして風に掻き消されてしまう。 「力を嫌い、全てを失った」 その言葉と同時にザァッと強い風が吹き荒れ、ゼウスの髪が靡いた。 ふとゼウスは目を開いた。 青みがかった紫の瞳に漆黒の黒髪をもつゼウス。 しかし光を通していたはずの瞳はもはや紫ではなく、赤く黒く鈍い光をもつ瞳へと変わってしまっていた…。 このときだったのだろう…。 力を嫌っていたゼウスが求めていたものは、“力”だったと言うことに気付いたのは…。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加