farewell

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俺は持っていたシャーペンをペンケースにしまうと、溜め息まじりに答える。 「聞いてるよ…」 そうだ、そうなのだ… やはり彼は思いつきでこの話を始めたのだ。 深い意味などない。 ただ、彼は寂しかったことを思い出した。 俺の顔を見て、家族を思い出す… 彼が話たかったのは俺ではない。 彼は俺の面影の中に居る彼の家族と話がしたかったのだ… 急に消えてしまった家族に伝えたかったのだ。 寂しかったと、悲しかったと… しかし、伝えるべき相手は此処にはもう居ない。 だから彼は言葉にはしないが、俺に向かって、その気持ちを漏らすのだ。 「…『さようなら』と…伝えられたら良かったのにな…」 俺は無意識に彼の顔を見て呟いていた。 「…」 彼はきょとんとした顔で俺を見ている。 急に何を言っているのだろう… と、理解できていない様子の彼から俺は視線を逸らす。 机の横に引っかかっていた鞄を手に取り、無造作にペンケースを掴む。 そして、その中にそれを放り込んだ。 「…日誌、書き終わったから帰るぞ…」 俺は席から立ち上がると、まだ呆然としている彼を置いて、さっさと教室を後にした。 「ちょっと、待てよ!!」 と、後ろから彼の慌てた声が聞こえたが、俺はそれを無視をした。 「…」 …彼は覚悟もないまま大切な家族との別れを迎えた。 急に訪れた孤独。 寂しさと悲しみが支配する思い出。 「さようなら」その言葉… 誰かと、何かと別れる時に交わす言葉。 伝えた自分も、伝えられた相手も覚悟する… 別れを覚悟する。 如何なる理由があろうとも、その一言に思いをこめる。 別れてしまっても、互いに未来に向かって歩んでいけるようにと… 過去に縛られなようにと… 別れの覚悟を前へ進む勇気に変えられるようにと… 人間は「さようなら」という言葉に願いを込める。 それがたとえ、人間の欺瞞だったとしても… それが人間の優しさなのだ。
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