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窓の外に広がる今にも降り出しそうな曇天と長年かけて黒ずんだコンクリートづくりの白壁、そして深い冬の色。
それらは彼の少し赤くなった鼻先や俺の吐き出す白い息とは対照的に、冷ややかな世界をつくりだしていた。
灰色の世界は俺達の生きている音を全て吸い込み、何処までも静けさを保っていた。
「ねぇ…」
彼に呼ばれてそちらを振り向くと、彼はいつものように少し悪戯っぽく笑う。
「ねぇ、カギがあいてる…」
彼はそう言って、普段は授業中以外、カギのかかっている黒光りするピアノの蓋を開けた。
白と黒をした鍵が規則的に列んでいる。
対照的に…
彼はさっきまでの表情を消し、鍵盤を無表情に眺めていた。
彼の表情はころころと変わる。
しかし、時折みせる物思いに耽るその表情に俺の心臓は波打つ。
何を考えているのだろうか…
なんでも器用に熟し、人当たりも良く、クラスではいつも中心にいる彼。
家庭だって円満のようだし、世間一般が持っている悩みなんてないように思える。
が、それらは結局、表面だけを見た彼であり、本当の彼はきっとその表情の中にいる。
しかし、本当の彼なんてものは実際に存在しなく、表面も内心も、どちらとも彼自身にかわりはない。
だから、彼が内心を打ち明けるまで、俺は表面上の彼としか付き合わないようにしている。
それは、彼を傷つけないようにするためであり、又、俺自身が傷つかないためである。
彼は深く冷たい空気を吸い込み、そして、ゆっくりと白いそれを吐き出した。
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