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カコンとプルトップを持ち上げる音が辺りに響く。
受け取った缶は素手で持つには熱すぎて、俺はカーディガンの袖をのばし、缶を包むように持ち直す。
暖かい…
俺はもう一度、『無糖』の表示を眺める。
「…飲まないの?」
彼が自分の分を口に流し込みながら振り向いた。
「ん、暫くは…暖かいから…」
自然と笑みが浮かぶ。
「ねぇ、何で俺が甘いのダメって、知ってんの?」
正面に向き直した彼に問いかけた。
「…一緒に居れば、何となく?」
解るもんだろ、と彼は答えた。
俺は持っていた缶珈琲をポケットに入れる。
指先が再び冷たい外気に触れ、次にひんやりとした鍵盤に触れた。
今度は躊躇いもなく、旋律を刻みはじめる。
さっきの曲とは違う、ゆっくりとした曲。
マイナーな俺の好きな曲。
冷ややかな世界に流動的な旋律が割って入り込む。
「あぁ、俺の好きな曲…」
彼が呟くように言った。
「ねぇ、何で俺がこの曲、好きって知ってんの?
誰にも言ってないんだけど…」
彼は面白そうに聞いてきた。
「…何となく。」
解るよ…
俺は笑って彼と同じこたえを返した。
灰色の世界は相変わらず、俺達の生きている音を全て吸い込み、何処までも静けさを保っている。
「雪だ…」
彼がいつもより低い声で呟いた。
俺は旋律をとめることなく、窓の外を見る。
ちらちらと、やわらかい真っ白な雪が舞っていた。
ああ、もうすぐ世界の色は白銀へとかわっていく…
「もう、帰る?」
俺は彼の背に向かって問いかけた。
きっと彼はさっきの無表情でこう、こたえる。
「いや、もう少しだけ聞かせて…」
ほら、ね…
俺は優しく笑うと黙ってピアノを弾き続けた。
end...
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