鈴の音

5/17
前へ
/79ページ
次へ
◇恭一◇ 恭一は、少し凹んだ気分だった。 再会した弥栄が自分を全く覚えていなかったからだ。 (俺って、そんなに存在感ナシ? あ~あ……) つらつらと、初めて会った日を思い返してみた。 (え~と……研究所に配達した時だよな……あ、あの時俺、会社名しか名のってない。おまけに、格好も作業衣と帽子だよな……解る訳ないか) ちょっと気分が上向いた。 ちょうどそこへ、夜遊び仲間が声を掛けてきて、夜の街に繰り出した。 この連中とばか騒ぎするのは楽しかったが、近頃はふと醒めている自分に気付いた。 祭りの後の寂しさみたいなものが、少し辛くなっていた。 「どうした? 砂田、ノリ悪くねぇ? 」 「別にぃ、何でも無いって~」 ヘラヘラと笑い返しながら、恭一はふいに昼間の「地味な眼鏡顔」が浮かんできて、焦った。 同時に、胸の辺りでチリチリと鈴の鳴るような音を聞いた。 恭一がまだ幼い頃は、よくこんな鈴の鳴るような音を聞いていた。 自分を心地よくしてくれるモノ……気に入った玩具や、綺麗な景色とか、大好きな人…に接すると、聞こえてくる音だった。 何故、今、こんな昔の記憶がよみがえってくるのか、よく判らなかった。 (何だろう、この感じ……? ) 恭一はアルコールには強い方だが、その夜はひどく悪酔いしてしまった。 「ゴメン、俺 帰る」 遊び仲間達にそう言って、恭一は外へ出た。 生温い夜風も、火照った頬には心地良かった。 フラフラと歩きながら、繰り返し「地味な眼鏡顔」が浮かんできては、鈴の音を聞いた。 (会いたいなぁ……ヤサカさん……何処行けば会える? ) 翌朝、二日酔いの頭で恭一は考えた。 弥栄に確実に会える場所は、教授の部屋か研究所だが、どちらも用も無いのに行ける所ではない。 (う~ん……後は、学食か図書館か、休講掲示板……とにかく、大学行こう) 動機は不純だが、恭一は毎日大学に行くようになった。
/79ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加