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◇恭一◇
恭一は、少し凹んだ気分だった。
再会した弥栄が自分を全く覚えていなかったからだ。
(俺って、そんなに存在感ナシ? あ~あ……)
つらつらと、初めて会った日を思い返してみた。
(え~と……研究所に配達した時だよな……あ、あの時俺、会社名しか名のってない。おまけに、格好も作業衣と帽子だよな……解る訳ないか)
ちょっと気分が上向いた。
ちょうどそこへ、夜遊び仲間が声を掛けてきて、夜の街に繰り出した。
この連中とばか騒ぎするのは楽しかったが、近頃はふと醒めている自分に気付いた。
祭りの後の寂しさみたいなものが、少し辛くなっていた。
「どうした? 砂田、ノリ悪くねぇ? 」
「別にぃ、何でも無いって~」
ヘラヘラと笑い返しながら、恭一はふいに昼間の「地味な眼鏡顔」が浮かんできて、焦った。
同時に、胸の辺りでチリチリと鈴の鳴るような音を聞いた。
恭一がまだ幼い頃は、よくこんな鈴の鳴るような音を聞いていた。
自分を心地よくしてくれるモノ……気に入った玩具や、綺麗な景色とか、大好きな人…に接すると、聞こえてくる音だった。
何故、今、こんな昔の記憶がよみがえってくるのか、よく判らなかった。
(何だろう、この感じ……? )
恭一はアルコールには強い方だが、その夜はひどく悪酔いしてしまった。
「ゴメン、俺 帰る」
遊び仲間達にそう言って、恭一は外へ出た。
生温い夜風も、火照った頬には心地良かった。
フラフラと歩きながら、繰り返し「地味な眼鏡顔」が浮かんできては、鈴の音を聞いた。
(会いたいなぁ……ヤサカさん……何処行けば会える? )
翌朝、二日酔いの頭で恭一は考えた。
弥栄に確実に会える場所は、教授の部屋か研究所だが、どちらも用も無いのに行ける所ではない。
(う~ん……後は、学食か図書館か、休講掲示板……とにかく、大学行こう)
動機は不純だが、恭一は毎日大学に行くようになった。
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