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タールのようにネットリと重たく、幾重にも重なった雲の中を、一直線に飛ぶ者があった。
何度も、乱気流に煽られながら、けれどスピードを緩めることなく、地表に向かって降りていく。
やがて雲を抜けると、誤って雲上に駆け登ったかと思う景色にぶつかった。
街に低く覆いかぶさった暗い空とは対照的な、明るい空色の大きな屋根が、すぐ目の前まで迫っていたのだ。
ベルは、その真っ白な大きな翼を、目いっぱいに広げて急減速し、軽やかな鈴の音とともに、空色の屋根に舞い降りた。
白銀の柔らかそうな髪がフワリと肩にかかる。
それは、天界に現れた天使そのままの姿だった。
ただひとつ、なぜか哀しげな光を湛える、黄金色の瞳を除いては。
彼女はぐるっと周囲を見回した。
空色の屋根の下には白い壁。
どこも緑が鮮やかな広大な敷地には、延々と立ち並ぶ白い石柱に挟まれて、コンクリート舗装路が通されており、その両脇には、翡翠色の芝生に覆われた小路が長く伸びている。
初夏の蒸し暑さも払い除ける、一見リゾート施設かと思わせる家だった。
・・・いや、豪邸と称するのが相応しいだろうか。
ところが、芝生の小路の先にまで視線を走らせると、誰もが羨むような外観とは明らかに異質な、黒く塗られた鉄の門扉が、険しい表情で外界との間に立ちはだかっている。
門扉だけではない、よく観察してみると屋敷自体、窓という窓がすべて鎧戸で閉ざされていた。
ベルは知っていた。
この家にとっては、鋼鉄の門扉も鎧戸も、ただの飾りにしか過ぎないことを。
なにしろ、窓にも、芝生の道にも、敷地内のあらゆる場所に、最新のセキュリティーシステムがこれでもかと張り巡らされているのだから。
ベルは更に敷地の外へと視線を移した。
門の外には数台の車が止まっている。
その少し離れた道路沿いにも、屋敷の裏にも、セキュリティーに阻まれるようにして、敷地の周りを数十台の車が取り囲んでいた。
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