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沈黙して並んでいる車の列と閉ざされた屋敷。
その間を満たしているのは、見えない刀を、今にも振り下ろさんと構え、睨み合っているような緊張感と、聞こえない罵声を浴びせ合っているような怒り、そして、広大な敷地全体を固く鎖で縛り付けているような悲しみだった。
ベルは今、その異様な気配の中心に立っている。
彼女は思わず寒気を覚え、身を縮めた。
* *
家の中、窓を閉した暗い部屋で、老人が一人、いかにも高級そうなソファーに身を沈めていた。
その背後には不必要に巨大とさえ思えるマホガニーのデスクが置かれている。
※マホガニーとは言っても、高級家具材の代名詞であった本物のマホガニーは、この時代にはほぼ絶滅状態で手に入らなくなっており、このデスクも、正確には同じセンダン科のチャイニーズマホガニー製である。
老人は一枚の写真を手に取り、身動ぎもせずに見詰めていた。
かれこれ40年も前に、科学者である彼が働いていた研究施設の一室で撮られたものである。
殺風景な部屋の中で、白いカッターシャツの袖を捲り上げた、まだ若い頃の彼と、黒髪をアップにした彼の妻、それとまだ小さな彼の息子が、揃いの笑顔で映っていた。
彼は暫く写真に見入っていたが、それを傍らに置くと、目を閉じ、ゆっくり息を吐いた。
そしてサイドテーブルに置かれたグラスに手を伸ばす。
グラスに注がれた琥珀色の液体の中で、半分以上溶けてしまった氷が、カランと素っ気ない音をたてた。
老人が口元にグラスを運ぼうとした時、
何処からともなく、歌が聞こえてきた。
「またか!」
彼は、ムッとした様子で立ち上がりながら、グラスをサイドテーブルへ戻した。
少なからず乱暴に。
聞こえてきたのは、題名も分からない異国の歌だった。
美しい、若い娘の声で、どこか懐かしいような、静かなリズム。
心を落ち着かせるだろう曲だったが、しかし老人は気に入らないのか、苛々と落ち着き無く部屋の中を歩き回るばかりだった。
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