序幕 [01]在ル男ノ死

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 白に染まった山奥に埋もれかけた粗末な一軒家。  月明かりに青白く光る雪壁はその存在を包囲圧迫し、何者かから隠すようである。  雪が止み、澄んだ空気に女性の啜り泣きが小さく響く。  笹木はささやかな通夜に訪れていた。仏壇のある狭い和室に三人、そして清白な布が被された一人の亡骸がある。  それは生前からは予想も出来ない程に弱々しく頼りなげに萎み、男の死を思い知らせる。  隠すように覆う白布があるだけ笹木にとって幸いだった。 「北方様……」  そう呼びながら肩を揺らす石川を親族――恐らく北方様の息子だろう――は訝しげな視線を向ける。『北方様』とは笹木らがそう呼んでいるのであって、本名を知る親族からしてみれば奇怪な一組にしか見えないはずだ。  そして石川。  彼女の若さでこの横たわる老爺の親密な知り合いと言うのも不自然なものだろう。 「父とはどこでお知り合いに?」  初老の男性は憚りながらながら訊ねた。石川は特に反応せず、応対は笹木が行う。事前にそう打ち合わせていた。 「そうですね……。まあここでお世話になっていた、とでも言いましょうか」 「ああ。地元の方でしたか」 「ええ」  笹木が小さく微笑むと男性は合点した。 「今お茶でも淹れてきましょう。少しでも長く父の側についていて下さい」  どうぞごゆっくり、と言い残して彼は別室に向かって行った。
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