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「ペニエル」は表向きはバーで、裏ではバーテンに客を取らせる売春宿。オホモ達な野郎どもが一夜の突っ込めるアナを求めて群がる腐った場所だった。
オレはそんな腐った売春宿の用心棒崩れのチンピラだった。
オレは「キラー」と呼ばれる当時最も強かったグループのリーダー格で、「キラー」の紅月と言えば警察ややくざすらびびるという肩書までツイテいた。大物やくざの息のかかった手に負えないクソガキどもの大将。
若気の至りとしては少々危ない橋を渡っていたが、オレはがむしゃらに上り詰めることだけを考えていた。
田舎ヤクザが凌ぎを広げようとすれば、オレは拳銃と木刀を手に事務所に単身カチコミに行った。
何も怖くなかった。糞みてえな自分の命なんかいつ終わっても惜しくない。暴力だけが支配する世界に、オレはいた。
そんな時にあいつに出会った。真那白…冷めた面をして、ただシェーカーを振っていたのを覚えている。
あいつは周りのバーテンが客に媚びを売る傍らで、ただ黙々とカクテルや水割りを作っていた。
愛想笑いすらしなかった。オレはそんな奴の態度が、少し気に入った。
『ジン・トニックをくれ。綺麗な兄さん』
カウンターに体をもたれさせ、オレは注文した。
奴はあからさまにため息をついた。
『未成年に酒は出せないよ』
オレは笑った。「キラー」の紅月にそんな口を利くとは。
『兄さん、おもしれぇな』
『真那白です。…あんたはこれだ』
コーヒーリキュールにミルクを混ぜたカルアミルクだった。
『へえ、甘いな。なかなかうまいぜ』
オレは実は甘党だ。
『あんまり意気がると疲れるよ。俺がいい例だ…ムショにぶち込まれる』
奴は苦笑して言った。
『居たことあんのか年少?』
オレはタバコに火をつけた。
『いいや。「施設」だ』
奴は遠い目をした。グラスを磨く手が、ふと止まる。
『でも似たようなもんだ…』
あの瞳だ。この世の地獄の底を見るような、暗く澱んだ目…。
『紅月…。この世界はね、腐ってるのさ。人間なんか、信じるに値しない』
始めて名を呼ばれた。
呼び捨てだったが悪くなかった。
あいつの瞳は、オレの腐った目によく似ていた。
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