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とろとろとした眠りに、彼はいた。ひどくうなされて、汗だくだ。
「ま~、ひどいうなされ方ねぇ。よっぽど悪い夢でも見てるのかしら」
濡れタオルを額に乗せてやりながら、ワタシはため息をついた。
「紫苑、起きたらこの薬を食後に飲ませてやれ。それと水分補給も小まめにな」
聴診器を鞄に仕舞いながら、青島が言った。
「いい加減にワタシのことは舞って呼んで欲しいわね、青島センセ」
青島 幸也。町医者。28才。ワタシの高校時代の幼なじみ。身長181cm、眼鏡がクールな二枚目よ。みんな綺麗すぎて冷たいってイメージがあるみたいだけど、ワタシから見たら結構優しくてお節介焼きよ。
「…行き倒れを診て欲しいなんて、これっきりにして貰おうか紫苑。お前がどんな男にひっかかろうがかまわんが、警察沙汰は面倒だ」
ふふ、厳しいわね~。
「ひどい人ねえ、それでも医者かしら?病人怪我人治すのが商売じゃないの」
青島は眼鏡を押し上げた。
「…何処の馬の骨とも分からん男を家に上げて、かいがいしく看病してか。お人よしにも程があるだろう」
…わかってるわそんな事。
「青島センセ。アリガト。大丈夫よ、ワタシに盗られるモノなんてないし、多少傷物になったってオンナじゃないから平気よ」
ばんっ!!
いきなり青島センセが壁に拳をたたき付けた。
び、びっくりするじゃない!
「そういうことを言うなと、何度言えば分かる、紫苑!!お前はお前だ、自暴自棄になるな!」
「ち、ちょっと…病人の前で怒鳴んないでよ」
青島センセはちょっとばつが悪そうにしていたけれど、ワタシは笑ってしまった。
相変わらずいい人ね。アンタは。
「センセも大概お人よしよ。人の事言えないわ」
「紫苑。…悪かった。患者に何かあったら連絡をくれ」
そんな切なそうな瞳をしないで、センセ。
また勘違い、しそうになるわ。
帰って行く、後ろ姿。
見送って。
また、ため息をつく。
ねえ、幸也…。ワタシ、オンナに生まれたかったわ。子供が産めて、誰にも恥じずにアンタの隣に立てるオンナに。
けど、ワタシは場末のニューハーフバーで働くホステスよ。
遠くまで来たもんね、ワタシもアンタも。
ふふ…。別に哀しんじゃいないのよ。結構、これでも退屈はしてないわ。
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