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分厚い雲に覆われた国。
しんしんと降り積もる純白の雪が、チェッカーボードを思わせる町の隅々を白銀の世界へと変えていた。
メインストリートを行き交う人々の中には、身を震わせて空を忌々しそうに見上げる者もあれば、これ幸いとばかりに手をつないで寄り添う恋人たちの姿もちらほら見受けられる。
たくさんの店が立ち並ぶその町は確かに人で溢れかえっているはずなのに、不思議と耳障りな騒音はなく、ただ雪という儚い天の戯れによって作り出された静寂の世界を人々は誰に言われることもなく保ち続けていた。
――そんな、何もかもが雪に音を奪われる様を、窓から眺める男が一人。
止むことを知らない白い雪塵が、男の深海を思わせる瞳にちらつくたびに、その蒼は憂いにゆらりと揺れた。
……男の目が何を追っているのかはわからない。
それでも、ただひとつ分かることは、彼が決して雪景色に目を奪われているわけではないという、何とも無情な現実だった。
「――ハッタ」
マントルピースの上に掛かった大きな鏡に、背後のドアを開けた少年の姿が映し出された。
その透き通った翡翠色の髪が暖炉の炎に照らされて、柔らかなオレンジへと柔らかく色染まる。
ハッタと呼ばれた蒼眼の男は少年の声に漸く窓から視線を反らして、音もなくまだ若い声の主を見遣った。
――が、それもつかの間。
ハッタは再び窓へと視線を戻してしまうのだ。
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