0.オラトリオの最期に

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  まだ暗がりの中、僕はその部屋の前でまさに棒立ちで在った。 窓からはさわさわと冬の匂いが流れてくる。   鼻から鼻腔にかけて、静かに息を吸い込む。  吐き出さない。まだ吐き出さない。 脳内の酸素濃度をそのままに、きもちを落ち着かせる。   右手にはタオル。左手には包丁。ぎらぎらと光る包丁。今朝、ウインナーを切った包丁。ぎらぎらと光る包丁。   柄をぎっと握ると、じんわりと汗をかいているのがわかる。掌は洪水だ。 タオルを右手にぐるぐると巻き付け、包丁を持ちかえる。 刃は、下向きではなく上向きだ。   上向きで持たなければならない。   下向きのまま、ずぶりと刺すと柄から手が滑って自分の手を切ってしまうからだ。  
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