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男の手から玉が放たれた瞬間、対面に座っている女性は抑え様のない恐怖に、両目をきつく瞑った。
最後のサイが投げられた。
地べたを大蛇が這いずるような、ボールがホイールを循環する耳障りな音が、嫌というほどその閉鎖的な部屋に響く。
やがてカツンと玉を弾く音、そしてカラカラと、玉の軌道が終焉に落ちた最後の音を鳴らせ
女性はゆっくりと唾を飲み込み、震える目蓋を持ち上げる。
「16番 赤」
そのルーレットには、16番の枠の中に震えている玉が確かに見えた。
その瞬間、女性はその場で泣き崩れた。
「これで貴方の持ち札は終了ですね。
今回の賞金額は0」
事務的に淡々と述べる男が椅子を立ち、女性の肩へ手を差し伸べた。
まるで救済者のように、その口元には神々しいまでの柔らかな笑みがたたえられている。
「さて、それではこちらの契約書にサインを」
ルーレットの置かれているテーブルの奥から黒いジャケット姿の女性が現れ、
その場に一枚の書類を差し出した。
「やるべき事はわかっていますね?」
女性はガクガクと身を震わせながら顔をあげ、その男を睨み付けた。
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