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どこか遠くで聞きなれたメロディーが流れる。
「亮、起きてよ。携帯鳴ってるよ」
布団の上から体を揺さぶられて亮輔ははっとなった。
「はい、桐生です」
ベッドの脇に置いてあった携帯をすぐさま取り上げて亮輔は体を起こした。
「こんな朝から呼び出し?」
傍らで呟いている沙代子はやや不機嫌だったが、亮輔は気にせず電話の用件をきくと、寝起きの頭のまま電話の相手に返事をした。
「わかりました、急いで現場に向かいます」
携帯をホールドして、亮輔はうな垂れると、背中をボリボリと掻いた。
「なんだもう8時なのか。沙代子遅かったな……」
そう言って顔を上げた途端、亮輔の首に沙代子の両腕がもたれかかって来た。
泣いているようだった。
「どうした?」
「ううん、いいの。急いでるんでしょ、早くいって」
「そんな事言われても……」
戸惑いながらも亮輔は彼女の腕を取り、優しく体を包んだ。
「どうした?」
もう一度聞くと沙代子は肩を震わせながら、顔を亮輔の胸に押し付けてきた。
「ママが……【マリブ】のママが死んじゃったの。
火事で。7才の娘さんも一緒に……」
「【マリブ】のママが?」
亮輔も彼女の顔は知っていた。沙代子が長年お世話になっているクラブの経営者だからというのもあるが、
沙代子と亮輔がこの部屋で同棲を初めてから、何かと様子を伺いにきてくれていたのを覚えている。
時には鍋一杯の煮物を持ってきて、亮輔達に振舞ったりもしていたのだ。
あまりにも身近な人間が死んだと聞かされると、すぐには受け入れられないものだった。
亮輔は半ば放心状態であったが、沙代子には心配かけまいと思い、頭を小さく振って、自分の目を覚ませた。
「それで、いままでミレイと一緒にママの家に行ってたんだ……
もう何もかも燃えてなくなってたけど……」
沙代子は涙でぐしゃぐしゃになった顔を手の甲で拭った。
仕事の為に派手なネイルをしている爪の、緑のラインストーンが光った。
「そうか、大変だったな。
こっちは殺人事件だって。この近所だ。
今日は鍵をしっかりかけてなるべく外へ出ない方がいい」
沙代子は亮輔の胸のなかで何度か頷く。
「ねぇ、もう少しだけこうしてていい……?」
震えながら言う沙代子の頭を、亮輔は何度も撫でてやった。
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