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千鳥町から車で5分。土谷町の火災現場には朝から多くの野次馬が路上に群がっていた。
その人込みをかき分け、神無景子の自宅の門扉をくぐった亮輔はまだ残る煙の匂いに軽くむせぶった。
沙代子の話からは自宅全体が全焼した物だと思っていたが、火事の規模は思ったより小さかった。
いや、異常な程に燃え跡が一部に集中していると言った方がいい。
一階の和室部分だけが完全に焼け落ち、柱だけを残している。
しかし他の部屋、二階部分には煙の煤を残すのみで、然したる被害は外から伺えない。
おそらく神無景子とその娘が寝室として使用していた部屋が火事の火元だろう。
はりめぐらさられた黄色いテープをくぐり、亮輔と須藤は玄関ドアを開いた。
「綺麗なものですね……」
玄関内部さえ火事があった事を感じさせず、日頃の生活臭があちらこちらで見られた。
亮輔は入ってすぐにある靴箱の上の写真立てを手にとり、ジャケットの裾で表面の埃を軽く拭った。
「マリブのママと最後に会ったのは3日前だったな」
その写真には娘の麻紀と一緒に朗らかな笑みを浮かべる神無景子の姿があった。
面倒見がよく、どこか気が強い女性で、クラブの経営者としても非の打ち所のない敏腕さを持った強かな女性であった。
娘の麻紀とは直接会ったことはないが、前の夫と離婚してから女手一つでここまで育てるには人知れない苦労を重ねた事だろう。
亮輔が写真を見つめながら感慨にふけっていると、先に来ていた鑑識と挨拶を交わした須藤が戻ってきた。
「火災のあった和室は全滅ですが、他の部屋の遺品は全て無傷で残っているそうです。
これはリビングに残されていた神無景子の携帯電話です」
そう言って蛍光ピンクのスリムな携帯電話を亮輔に渡した。
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