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葬儀。
少年のお葬式がしめやかに行われていた。
母はあの日の事を忘れられずにいた。
葬儀場では参列者がひとり、また一人と、彼への別れをしにやってくる。
先生、友達、親類…。
息子はこんなにもたくさんの人の愛を受けて、短かったけれど一生懸命に人生を歩んできたのだ。
そして、またひとりの参列者が受付へとやってきた。
背広姿で清潔感のある、姿勢の良い中年男性であった。
誰だったろう。
親族にこんな方はいなかったはずだけれど…
先生にも心当たりが無い。
その男性が参加者名簿に名前を記入しているとき、母はハッとした。
「江頭秀晴」
実に綺麗な字で書かれた その名を見て、顔をあげた。
あの日大暴れした時とはまるで別人のような紳士的な江頭がそこにはいた。
江頭は、軽く会釈をし、息子が眠る遺影の前へ、ゆっくりと向かい
正座をし、手を合わせた。
式が終わるまで彼はそのまま足すら崩さずに、ただ手を合わせ続けていた。
式が終わり、席を立った江頭のところへ、母は歩み寄り頭を下げた。
「私はアナタの事を誤解していたようです…。」
江頭は小さく首を横に振り、しばらく間を開けてから話しはじめた。
「いいえ。私はお母さんの想像している通りの人間です。ただ、あなたのお子さんを笑顔にしたかった。それだけです。
私の事を笑ってくれて、本当に嬉しかった…。
私にとって、どんなレギュラー番組が決まるより、高視聴率を取るより、
あなたの息子さんを笑顔にすることができた。
…それが私の誇りです。」
江頭はまた、軽く会釈をして、ゆっくりと会場をあとにした。
母はその背中を見つめ続けていたが、次第に頬が濡れ、目もぼやけて最後まで見ることができなかった。
おしまい
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