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傍目からも疲労困憊なのは明らかだが、しかしそれでも男は執拗に周囲を気にしながら……走る。
一方で、病院の患者服のような衣服を着たその少女は恐いくらいの無表情で、自分を抱える男をただ見詰めていた。
「大丈夫、もうすぐだ。この区画を抜ければ……」
男は呟く。自分に言い聞かせているのか、少女を励ましているのか、あるいは両方なのか。
僅かな明暗と照明の配列でわかる空間の曲がり角。
男がそこを曲がったその瞬間、白しかなかった空間が一瞬にして赤に染まり、けたたましい警報音が鳴り響く。
男の表情に一瞬動揺が浮かび、すぐに状況を理解したのか険しい表情へと変わる。
「くっ、気付かれたか」
予想はしていた。建物内にはそこいら中に監視カメラがあり、見付かるのは時間の問題。
わかってはいたのだが、やはり男は焦らずにはいられない。
警報音に混じって複数の足音が床を伝って聞こえ始める。
「警備員か……近いな」
耳障りな音が鳴り響く空間の中でも相変わらず無表情な少女を抱き抱えたまま、自分以外の足音を警戒しながら男は駆けていく。
喧しいが単調な警報音より、近付く沢山の足音の方が男の耳には響く。
急がねばならない。
「……ここだ」
男は通路を曲がり、そこで少女を手早く降ろして壁に備え付けられた電子機器を操作する。
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