序章

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―逃げろ! その声は、必死だった。 怒鳴るような、 吐き捨てるような、 懇願するような、 辛そうな…。 見捨てることなど、到底できない、悲痛な叫び。 逃げるなんて、できなかった。 ただ、暗闇の隅で、守る。 大切なひとが、守ろうとしたものを、 両腕の中に包み込み、 守る。 何から? 非力な自分が、果たして守りきることなんて、できるのだろうか。 わからない。 でも、どうしても、なくすわけにはいかないから。 体に広がる強烈な痛み。 背中が、焼けつくように痛い。 痛い、 痛い、 痛い、 …痛いのは、嫌なのに…。 ―だから、逃げろって言ったのに。 冷たい、凍りそうなほど冷ややかな声が、背後で響き、恐怖で震える心を覆いつくそうとする。 ―こんなはずじゃ、なかったのに。 冷たいはずの声の中に、時折表れる、優しさ。 自分はそれをよく知っている。 だから、逃げるなんてこと、できなかった。 できなかったんだよ。 ―ごめん…。 最後に聞いたのは、 絞り出すような、掠れた声だった。 痛みに支配され、意識が遠のくその時に、 あのひとは確かに、そう囁いた。 あのひととは、誰か。 思い出せもしないのに。 何故だろう 毎回、枕を濡らす。
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