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そう思い、気を引き締めようとした俺の脳裏に、つい先程、うっすら頬を染めながら俺にキスをした蒼子の表情が甦る。
なんだろう。
何かが、引っ掛かる。
いつもと変わらぬ様子だったと思うのに、
何かを見落としているような、そんな気がしてくる。
蒼子。
あまり自分の気持ちを言わないから、時々何を思い、何を感じているのだろうと、つい気にしてしまうことがあった。
滅多にしない寝坊も、
どうして今日に限ってしたのだろう。
裏口から、勤め先のホテルに入りながら、俺は引っ掛かるものがなんなのか、見極めようと思いを巡らせていた。
「あ、おはよぅっす。総支配人。」
考え事をしながらも事務所に行き、タイムカードを押していると、
背後から、強く肩を叩かれた。
「おはようございます。」
俺は、苛立つ気持ちを抑えて、冷静に挨拶した。
「もう、相変わらず固いなぁ、晴くんは。」
その呼ばれかたに、今度はカチンときたが、相手にするつもりはなかった。
「仕事場では、そういう馴れ合いの呼び方は禁止しているはずですが。」
振り返りながら、不快な言動ばかりする男を、俺は見やる。
男は、軽く首をすくめると、口の端を上げた。
「すいませ~ん。」
うわべだけだとわかる謝り方に、また、苛々が込み上げる。
「俺は、もう上がりでいいっすよね。」
自分のタイムカードを押すと、
その男、緒川幸(オガワ コウ)は、机にすでに用意してあったらしい荷物を持ち、出口に向かった。
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