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「緒川さん。申し送り事項は。」
「ああ、フロントの伊村(イムラ)さんに伝えてありますよ。」
そう言い残し、緒川は俺に背を向けたまま、軽く片手を挙げた。
申し送りは、総支配人である俺と2人いる副支配人がする決まりになっていた。
緒川はその副支配人の1人だ。
もうひとりの副支配人、年配の男性である加島(カシマ)さんは、きちんと自分のやるべきことをする。
そうであるべきだし、
それが普通だ。
俺は、俺より2才上の、この緒川という男が苦手だった。
緒川の方も、俺のことを気に入らないと思ってる。
それは、確かだった。
態度を見ていればわかる。
俺がこのホテルに勤務しだした時からだから、すでに慣れっこだが。
そして俺が、総支配人に任命されたその日から、更に俺への敵対心が酷くなった。
気持ちはわからないでもない。
年下で、しかも後から勤務しだした俺が、自分の上司になったのだから。
でもこればかりは、仕方がない。
このビジネスホテルを経営しているのは、俺の伯母であり、俺がここを任されることは、何年も前から決まっていたのだから。
緒川が勤め出すよりも、もっと前に、俺は数ヶ月、経験だからと伯母に言われ、このホテルで働いていたこともある。
その後、温泉地で旅館を営む伯母の側で、修行を兼ねて数年働き、5年ほど前に改めて、このビジネスホテルに勤務を移したのだ。
加島さんは、俺がまだ十代の頃にこのホテルにお世話になった頃よりももっと前から、真面目に勤めてくれていたベテランだった。
温和な人で、成人式を今度迎える大学生と高校生の2人の息子を持ち、奥さんを大切にしている家庭人だ。
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