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俺の一番間近にいる、理想の父親。
家族というものの温かさを、幼少の頃に失っていた俺にとって、加島さんの家庭には羨望を覚えていた。
だからといって、
俺は自分の家庭を作ることをあまり積極的に望んだことはなかった。
思い描くことすら、なかった。
なかった…というより、
叶わない…の方が合っているかな。
そんな俺が、結婚し、家庭を持つとは。
しかも、そのことに幸せを感じ始めている。
人生とはわからないものだ。
俺は、事務所の奥の警備室を覗き、夜勤勤務で働いていてくれた警備員に声をかけると、
一度、従業員控え室に移動した。
そこで、制服のスーツに着替え、髪をオールバックにセットする。
それから、もう一度事務所に戻り、警備室と反対側のドアを開けた。
そのドアは、フロント内に続いている。
「おはようございます。」
すぐに俺に気がついた フロント担当の伊村静絵(シズエ)が、俺に一礼した。
「おはようございます。
伊村さん、ちょっと。」
フロントの前や、狭いロビーに、客などの人影がないことを確認して、俺は伊村さんを呼んだ。
「申し送りのことですか?」
俺の用件を察知した伊村さんが、先に口を開く。
「今日は、早く帰る用事があるということでしたので、私が引き受けました。」
「困るんです。ルールを簡単に破るのでは、副支配人という肩書きの意味がない。」
俺が厳しい口調でそう言うと、
伊村さんは誰もいないというのに、小声で言った。
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