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俺は、知らずにでてしまう深いため息を呑み込む。
暗い色をした不安が俺の心にたち込める。
滅多に人前で表情を崩さない蒼子が、泣きそうだったという。
蒼子の身に、何かあったのか。
忘れ物を届けるのは建前で、
本当は俺に逢いに来たのか?
だとしたら、逢わずに帰ったのはどうしてなんだ。
「あなたでも慌てるのね。」
いくら眺めていても姿のない蒼子の面影を探すのを諦め、ホテルに戻りながら、考えを巡らせていた俺に、
伊村さんが、声をかけてきた。
「あの子は、誰?」
俺は顔を上げ、フロントを離れ、ホテルの入口に待ち構えていた伊村さんを見る。
「あなたに、関係ないでしょう。」
「そんな怖い顔して。
もしかして、あの子なの?あなたの相手。」
「そんなはず、ないでしょう。」
俺は、即座に否定した。
「あいつは、親戚の子で今預かってるだけですよ。」
「ふぅん。親戚の子…ね。」
意地の悪い呟き方に、俺はハッとした。
「あいつに、何か言ったんですか?」
「別に。
いつも総支配人にはお世話になってますって、ご挨拶しただけだけど?」
伊村さんは、してやったりというような満足そうな笑みを浮かべた。
思わず、そんなはずないだろうと睨み付けた俺に背を向けた伊村さんは足取りも軽く、フロントに向かう。
「林原(ハヤシバラ)さん、おはようございまぁす。」
フロントに調度現れた、早番勤務の林原郁代(イクヨ)に駆け寄る伊村さんは、すでにいつもの業務用のにこやかな表情に戻っていた。
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