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「蒼子、蒼子ってば。」
何度か名前を呼ばれているのに、
あたしはどうしても窓の外から目が離せなかった。
「もう、蒼子っ!」
痺れをきらしたように、少し苛ついた声と共に、あたしの腕が後ろに引っ張られる。
「ねぇ、次移動教室だよ、急がなくちゃ。」
人見知りで、あまり人に打ち解けないあたしが、唯一仲良くしている友人の、堺 美咲(サカイ ミサキ)が、何度もあたしの体を揺する。
「うん…。」
生返事するあたしの顔を、美咲は今度は怪訝そうに覗き込む。
「あれ、あんたまた見てるの?」
あたしたちがいる南館と北館を結ぶ二階の渡り廊下の下には、小さな中庭があり、そこには、小さな噴水と、そのまわりに芝生、それから細い幹が集合したような樹木が幾つか植えられていて、ベンチが2台、噴水と向かえ合わせで設置されていた。
休み時間や、昼休みなど、人が自然と集まる憩いの場所となっている。
そこに、午後の授業の合間を利用して、戯れる集団がいた。
「あんたが、特定の人に興味を持つなんて珍しいね。」
「別に…。」
口の中で、小さく呟いて、それでもあたしは、目を中庭の人垣に向けていた。
「蒼子ってば。」
「待って、もうちょっとだけ。」
あたしは、自分の腕に置かれた美咲の手に、そっと触れる。
「もう少し…。」
そう、もう少しで、あの人はあたしの存在に気付く。
この1週間、意識的に続けている行動。
するとやっと集団の中心にいたその人が、あたしの方に目線を上げた。
でもあたしはタイミングを合わせ、ふいっと、視線を外す。
わざとらしいぐらいに、ゆっくりと。
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