蒼子~その②

2/19
前へ
/345ページ
次へ
「蒼子、蒼子ってば。」 何度か名前を呼ばれているのに、 あたしはどうしても窓の外から目が離せなかった。 「もう、蒼子っ!」 痺れをきらしたように、少し苛ついた声と共に、あたしの腕が後ろに引っ張られる。 「ねぇ、次移動教室だよ、急がなくちゃ。」 人見知りで、あまり人に打ち解けないあたしが、唯一仲良くしている友人の、堺 美咲(サカイ ミサキ)が、何度もあたしの体を揺する。 「うん…。」 生返事するあたしの顔を、美咲は今度は怪訝そうに覗き込む。 「あれ、あんたまた見てるの?」 あたしたちがいる南館と北館を結ぶ二階の渡り廊下の下には、小さな中庭があり、そこには、小さな噴水と、そのまわりに芝生、それから細い幹が集合したような樹木が幾つか植えられていて、ベンチが2台、噴水と向かえ合わせで設置されていた。 休み時間や、昼休みなど、人が自然と集まる憩いの場所となっている。 そこに、午後の授業の合間を利用して、戯れる集団がいた。 「あんたが、特定の人に興味を持つなんて珍しいね。」 「別に…。」 口の中で、小さく呟いて、それでもあたしは、目を中庭の人垣に向けていた。 「蒼子ってば。」 「待って、もうちょっとだけ。」 あたしは、自分の腕に置かれた美咲の手に、そっと触れる。 「もう少し…。」 そう、もう少しで、あの人はあたしの存在に気付く。 この1週間、意識的に続けている行動。 するとやっと集団の中心にいたその人が、あたしの方に目線を上げた。 でもあたしはタイミングを合わせ、ふいっと、視線を外す。 わざとらしいぐらいに、ゆっくりと。
/345ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4176人が本棚に入れています
本棚に追加