蒼子~その②

8/19
前へ
/345ページ
次へ
それは、大好きなはずの晴にぃも、例外ではない。 自分の母親にさえも。 あたしは、1年分の記憶を失い目覚めたあの日から、 誰にも本心を見せられないでいた。 ずっと感じてきた、 欠けている感覚。 記憶のない期間の、 あたしの知らないあたしが不意に現れて、あたしの背後にぴったりくっつき監視する。 そんな嫌な感覚がずっとあたしの心に霧をかけていた。 今でもわからないことだらけの空白の1年が、あたしをがんじがらめにする。 「蒼子、保健室、行く?」 授業が始まったため、声を潜めながらも優しく労る美咲に、 罪悪感を抱いたあたしは、早口で囁いた。 「大丈夫。少し考え事してただけだから。」 あたしは、心配してくれる美咲を安心させたくて、意識して頬を緩め、口角を上げた。 上手く笑えたかな。 ドキドキしながら、美咲を見る。 美咲は私をじっと見て、それから微笑みを返してくれた。 安心したように、小さくため息をつきながら。 よかった、ちゃんと笑えたみたい。 心の中ではちゃんとある喜怒哀楽を、私は上手く外に伝えられない。 喜びの感情は、特にわかりにくいらしい。 だからあたしは、気を付けないと、すぐに誤解される。 そんなつもりはないのに、何か気にいらなそうな顔をしているように、他の人には見えてしまったりする。 表情の乏しさ故に、冷たいひとに見られ、 だから、氷の…なんて言われてしまうのだ。
/345ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4176人が本棚に入れています
本棚に追加