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晴にぃは、あたしが晴にぃのもとに来た時から、よくあたしをトウコと呼んだ。
最初はその言い間違いに、あたしは気づいていなかった。
でも、悪夢にうなされるあたしを、小さな子を抱き抱えるように両腕で包み込んだまま、眠ってしまった晴にぃが、うわ言のようにあたしの耳元で囁いたのは確かにトウコという名前だった。
そうこ…と言うのを何故にいつもトウコと言い間違えるのか。
ずっと心に引っ掛かっていた。
トウコって、誰?
誰をあたしに重ねて見てるの…?
聞いてしまいたい、けど、聞けない…。
あたしの想いは、素直に表に出すことができない。
晴にぃと暮らし出した時に交わした約束に阻まれて。
それに、トウコと呼び間違えた時に垣間見せる、晴にぃの微かに潤む切ない眼差し…。
晴にぃには、聞けない。
あれは、あの時は、
自分の為の約束ごとだった。
―お互いの過去は、詮索しない。―
確かにあたしは、晴にぃにも誰にも、
詮索されたくないと今でも強く思ってる。
だけど、晴にぃに惹かれていくにしたがって、
晴にぃの過去が、晴にぃの抱えているものがなんなのか、
あたしは知りたくなっていた。
それは、とても勝手な願望だとは、わかってる。
でも、もやもやとした気持ちが収まらない。
晴にぃはあたしの気持ちを汲んでくれたんだ、
だからあの時、"過去を詮索しない"と言い出したに違いない…なんて、都合のいいことを思っていたけど…。
今は、晴にぃ自身があたしに過去を探られたくなくて言ったんじゃないのか…と思えてきていた。
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