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「新学期」という言葉に浮かれているのは、同じ学舎に恋人がいる類の人間だけだと思っていた。まあ、今でもその認識は変わってはいないが。
正直に言って、昔から学校というものが苦手だった。
深い理由ではない。
ただ、四角い部屋で勉強を強要される、そのことが気持ち悪かった。だからと言って、勉強が嫌いなわけではない。どちらかと言えば好きな方だという自負もある。だと言うのに、何故かいつも閉じ込められた気分になる。閉塞感に押し潰されそうなのだ。
「もっしもーし、あたしの話ちゃんと聞いてる?」
目の前で手を振られ、高槻志季(たかつきしき)はぼんやりと考えていたものを握り潰した。
志季は小柄な少年である。鬱陶しくない程度に切られた黒髪に、何処の国の血が入っているのか、両目はうっすらと青みがかっていた。男にしては随分と可愛らしい顔立ちは、女の子と言われても特に違和感はない。
だが、着ているものは半袖のシャツに青チェックのズボン。確かに男子生徒用の制服である。
「ああ、ごめん。何?」
志季の放つ冷々とした響きに、声を掛けた少女は眉間に皺を寄せた。ショートカットの似合う、活発そうな印象の少女である。身長は女の子にしては高い一六〇センチ後半で、規定よりも短くしたスカートからすらりと伸びた小麦色の足が眩しい。悪戯な瞳は、だいたい弧を描いている。
彼女は眉を寄せ、気がなさそうに頬杖をつく志季に詰め寄る。
「あのねえ、高槻くん」
言いながら突きつけられた爪は刃物の如く鋭利だ。それを目の辺りに持ってこられるものだから、若干逃げ腰になってしまう。
「いくら高槻くんが乗り気じゃないって言ってもね、真面目にやってくんなきゃ坂仮さんは困っちゃうわけですよ」
「さかかりさん……?」
「あたしの名字じゃい! クラスメイトの名前くらい知っててよ! 坂仮美織(さかかりみおり)、はい復唱!」
「あ、ごめん。電話」
「意外に自由だよ、高槻くん!」
艶やかな髪を押さえながら、美織は項垂れた。真面目な顔して、と低く唸るが、当の本人は何処吹く風。ポケットから取り出した震える青い携帯電話を手に、何事かを考え込んでいる。
「あ、取るんならどうぞ。あたしそういうの気にしないよ?」
「あ、いや。別に君に遠慮してるわけじゃないから気にしないで」
何て、直球な。
美織は志季に対する認識を改めることに決める。
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