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同日の夕方のニュースで、『集団熱中症』と報道されていた志季の自宅マンション前に倒れた無数の人たち。その熱中症患者のうちの一人に、美織は居たのだ。そして、彼ら救急車を呼んだのは志季である、ということになっているわけだ。
美織に感謝云々と言われ、志季はそういうことになっていたな、と思い出す。どうやってそんな大掛かりな根回しをしたのかは、いまだに謎のままであったが。
しかし、そんな個人的な事情を美織が知る由もなく。
「いや、勿論ちゃんと感謝してるよ? あのまま放置じゃあたし、死ぬかもだったわけだし。でもさあ、ほら、ちょっと有り難みが減るっていうかさー。ねえ?」
ごにょごにょと呟く美織を意識の端に追い出し、志季は「実際にあったこと」を頭の中で反芻する。
八月一日。
それが志季の日常を変えた日であったことは、言うまでもない。
今は亡き父親、高槻聖護(せいご)から“流れ”継いだ血脈、『浄化の血(カタルシス)』を狙う者たちからの奇襲。殺される寸前で志季を助けたのは、朱の髪を持つ少女カンナ。彼女は言った、志季の命が危ないのだ、と。
翌日、八月二日。
朱色を纏う異邦人の少女。志季の命を狙う傀儡師。皮肉な笑みを浮かべる紅の道化。結局何も解決することはなかったが、志季とカンナは絆を取り戻すことに成功する。
そして、八月五日。
呪いを受けた女に潜んでいた狂った鏡。傀儡師を倒して扉の向こうへ消えたそれに、掻き回された多数の人々。その中の一人が、坂仮美織というこの騒がしい同級生だった。
慌ただしかった日々のせいで、始業式の日に彼女から礼を言われるまでその存在を忘れていたのだ。確かに、自宅で灰を被っていた少女には見覚えがあった。
だが、よもや彼女がクラスメイトだとは。あのときは随分と驚いた。
同時に、自分の周囲への関心のなさに呆れもした。思い返してみれば、この学校で真斗以外の生徒と二言以上の会話をした覚えもない。とことん壁を作っていたのだと今更ながらに思う。
欠けた赤い記憶に苛まれ、他人を近付けようとしなかった。
自分でも曖昧な傷に触れられることを敏感なまでに嫌っていたのだ。
そうやって悲劇の主人公を気取っていたのかと思うと――なんと馬鹿らしいことか。
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