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屋敷の中は何度来ても未だに暗いままであった。
電気や水道はもうずっと前に止められている上に、窓ガラスまで蜘蛛の巣やホコリをたくさん被って濁っていたために、外の景色を映すこともなかったのだから、当然のことなのだが。
「蓮、蓮なのね?」
暗闇から一際明るい若い女の声が聞こえてきた。これが、華片だ。
蓮は持ってきたマッチを擦って屋敷に置いてあった古風なランプに明かりを燈した。屋敷全体とはいかないが、これが意外にも明るく、それまで見えなかった華片の姿を映し出す。
しろい純白の肌に薄いぴんくのワンピースを一枚着ただけの姿。面持ちはまだあどけなさを残す14、5の少女で、草の葉の色をした髪はゆるやかにウェーブし、耳の上あたりにコスモスの花が飾られていた。
「あぁ、よかった。来ないかと思って心配していたの」
華片は会うと必ずそれを言う。蓮は一度も会いに来なかった日はないというのに。
聞いてみると、どうやらそれが問題らしかった。
「だって毎日来てくれるのに、突然会いに来てくれなくなったら、心配しなくてはならないでしょう?事故に合ってしまっていたのなら、大変。蓮のお話が聞けなくなってしまうわ」
大変マイペースな華片だが、これでもちゃんと、蓮自身のことも心配してくれていた。
つまりは、危険なことはなかったか、と。
蓮は遠回しに何でも言ってくれる華片がそれはそれで好きだった。
「さぁ、聞かせて?皆にも、ね?」
華片の声は本当に花が風に揺れているように優しく、穏やかだ。綺麗な細い指を組んで、蓮に願い出てくる。
その周りに沢山の化け神らが現れた。
気まぐれな煌葉が、気まぐれに高い天井のシャンデリアに火を点し、辺りは一層明るくなる。
「じゃあ、ヘンゼルとグレーテルね」
蓮は華片と、その周りに集まってきた化け神たちに、いつものようにおとぎ話を聞かせた。
彼らの日常。
毎日通ってくる蓮にお伽話や童話を聞かせてもらい、子供のする遊びを教えてもらい、時に昔の古い遊びを教えたり。
ただ、この場と、彼らが異形であるということを覗けば、普通の日常と何ら変わりはないのだ。
癒えない傷を持つ者たちがそれでも癒されたいがために集まってきてしまった成れの果てだとしても……。
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