73人が本棚に入れています
本棚に追加
俺は、走っていた。
砕けた岩石やら某かの骨らしき物体がそこら中に散乱している所為で走り辛い事この上無いが、文句を言ってられる状況でも無い。
後方より押し寄せる死の足音が、半ば強制的に俺の足を駆り立てる。そのおかげだろうか、背中を伝う嫌な汗が止まらない。
不安定な足場に足を捕られそうになりながらも、次の瞬間には逆の足で地を蹴り、どうにか転倒する事なく走り抜けていた。
つまり、全力疾走。
「あ、の、ド腐れ国王! これの、どこが、どう安全な仕事だ! 生きて帰ったら絶対に殺す! 死んでも殺す! 畜生が!」
届かないと分かっていても、悪態は勝手に口から滑り出てゆく。脳裏を過ぎるのは、満面の笑みを浮かべて依頼して来た忌々しい優男の姿だ。
『君なら朝飯前の仕事だよ。よろしくね』
経営の悪化振りが酷かったからとは言え、二つ返事で引き受けたのは間違いだった。
あの野郎がまともな依頼を寄越す筈が無かったのだ。今更ながら、自分の浅はかさ加減には呆れて溜め息しか出てこない。
咆哮。
俺の思考を遮り、ついでに意識までをも刈り取ろうとする音が、洞窟全体を揺るがす程の音量で背後から打ちつけられた。
自己嫌悪に陥っていた思考が無理やり引き戻される。否応無しに、自分が窮地に立たされている事実を突き付けられた。
頭を振り、何とか意識を留めて後方に視線を飛ばすと、そこに事の元凶を発見。
最早、口からは溜め息を通り越して、魂やら何やらが流れ出て行きそうだ。
適当な理由をでっち上げ、にべも無く誘いを断りやがった仕事仲間数人を殺っておかなかった事を心中で激しく後悔。
仄暗い洞窟内で一瞬だけ見えた“そいつ”は、金輪際、二度と遭遇したいと思わないし思えない、規格外の化け物だった。
数多の筋肉が束なり形成される四肢と、その指先で鈍光を発する五本の剣が如き爪は、踏み出す度に地面に亀裂を生み出す。
擡げられた長大な首の先では、獰猛な光を宿す深紅の眼が爛々と煌めき、口腔にずらりと並ぶ鋭牙に覚えずして体が竦む。
半端に広げられた双翼は、しかしそれでも天井に達する程で、翼膜を縦横に駆け巡る網状の脈は等間隔に脈打っている。
暗紫色の鱗に隙間無く覆われた巨躯は、家屋のそれを遙かに凌駕していた。
最初のコメントを投稿しよう!