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クラブへと続く階段を降りると地下一階にある扉を悠里はゆっくりと開けた。
途端に聞こえてくる騒音に眉根を寄せながら中に入る。
「ゆう~。」
入って数分もしないうちに、悠里の視界には人の姿しか見えなくなった。
人集りの中にいた一人の女が悠里に近寄って来る。
「久しぶりらね~。マナ会いたかったぁ」
「わかったから。マナ酒くさい」
首に腕を廻して寄り掛かるマナに悠里は苦笑いを浮かべる。
舌足らずな話し方と顔を寄せてくるマナから微かに香る酒の匂いに、かなり飲んだことがわかった。
「マナ、いい加減に行こうぜ」
マナの連れの男がなかなか離れようとしない彼女に焦れたように言う。
「やぁだ。マナは今日ゆうとイチャイチャする~」
「また今度な。俺今日は約束あるから」
本当は約束などないが酒を飲みたかった悠里は適当な嘘をつくとマナを待つ男に彼女を押しつける。
"え~"と文句を言いながらも男に連れられてマナはダンスフロアに姿を消した。
壁に寄りかかってフロアをぼうっと眺める。
いつの間にか人集りも消え、悠里は短いため息をついた。
まずは一服してから酒を飲むかと決めるとズボンのポケットからシガーケースとライターを取り出して煙草を一本出す。
口にくわえてからライターで火をつけ、煙を吐き出していると何処からか視線を感じた。
「………?」
ダンスフロアの方を見るが誰かわからない。
気のせいかとダンスフロアから眼を離し、床に視線を移したときだった。
「ゆう」
名前を呼ばれて顔を上げると30代前半ぐらいの男が立っていた。
悠里の記憶の中に、その男はいない。
「お前がここに入るのが見えてな。どうせ誰か引っ掛けに来たんだろう?俺に言ってくれたらいつでも相手をしてやるのに」
悠里が何か言う前に男は全て説明してくれた。
男の口振りからして以前悠里と寝たことがあるらしい。
「他の男探すくらいなら俺がいるだろ。お前一人くらい囲ってやるよ」
「………」
腹が立ったのはその男の言い方だっだ。
まるで悠里を自分の所有物のように言う言い方。
隣で楽しそうに話していた青年が手に持っていたグラスを奪うと、半分以上は入っていた中身を男の顔に掛けた。
「ぅわッ……」
急な出来事に相手が驚いている間にグラスを再び青年に返すと、男に吐き捨てるように言った。
「煩い、調子に乗んな。」
足音を高らかに鳴らしながら入り口に向かう。
わざと音を立てて扉を閉めるとクラブを出た。
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