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「うぉッ…!!」
男が奇妙な声を上げたかと思うと圧迫感が消え、地面に倒れるのが見える。
視線をずらせば一人の男が立っているのが見えた。
「とっとと失せろ。これは俺の連れだ」
よろよろと立ち上がる相手に男は楽しそうに笑いながら言うが、眼だけは怒気を孕んでいて見ているだけの悠里も恐ろしかった。
「……チッ…」
短く舌打ちをすると諦めたのか、足早に男は去っていく。
――助かった…。
しかしこの男は誰だろうか。
ゆっくりとこちらに視線を移した男は悠里が今まで見た中で一番男前と言っても過言ではなかった。
少し肉厚な唇の片側だけがいやらしく釣り上がり言葉を紡ぐ。
「どうした、処女でも奪われかけたみたいなツラして」
「なッ……!」
信じられない発言に悠里は唇をわなわなと震わせた。
確かに、100歩譲って突然の出来事に恐怖を感じていたかもしれない。
だがその顔を言うに事欠いてこの男は【処女でも奪われかけたみたいなツラ】と言ったのだ。
当然、悠里の怒りは頂点に達したのは言うまでもない。
「……あぁ、そっか。処女なんて可愛らしいの、当の昔に捨てちまったもんな」
男の言葉に悠里は驚いたように相手を見る。
明らかに悠里がどんなことをやっているのか知っていた発言だ。
「…あんたには関係ない」
「まぁそれもそうだな。」
怒りを押さえた、感情の籠もらない声で男に言うと、笑いたいのを堪えるようにくつくつと笑った。
それに更に怒りを増長させるとこの場を離れようと男の横を通り過ぎる。
通り過ぎる瞬間、男は急に悠里の手首を掴んできた。
「まだ何か…」
「いい加減手を引くんだな。出ないと後で痛い目を見るぞ」
それだけ言うと男は掴んでいた手を離し、逆の方向にすたすたと歩いていった。
「…………くそッ!」
残された悠里は遣り場のない怒りに近くにあったゴミ箱を思いっきり蹴り上げた。
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