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入って来たのは一人の青年だった。
それも貴成が今まで見たことのない綺麗な容姿をしている。
遠くからでも存在感のある青年は入って来た途端に人集りに囲まれた。
どうやら彼はここでは有名らしい。
「気になりますか?」
貴成の様子を見ていた朝比奈が楽しそうに笑いながら問いかけた。
「少しな」
カウンターに肘をついて頬杖をつくとさして興味のなさそうに素っ気なく答える。
長年の知り合いである朝比奈には貴成の本心はばれているようだが。
「彼はみんなにゆう、と呼ばれています。ここに顔を出すようになったのは2年ほど前ですかね」
ゆう。
もう一度ゆうを見ていると朝比奈は短いため息を吐く。
「しかし彼には少し気になる噂が…」
「何なんだ?」
「……男性相手に春売をしているらしく、そのような嗜好の方々の中では結構有名で…」
朝比奈の言葉に再び青年を見る。
先ほどの人だかりはいつの間にか消え、一人で煙草をくわえて何かを探すようにダンスフロア見ているのが見えた。
「貴成様はまだ父上の仕事を…」
朝比奈が何かを言い掛けたときだった。
ゆうの近くに30代後半ぐらいの男が近寄る。
その男はゆうの前で立ち止まると何かを一生懸命に話しているのが見えた。
近くで見てれば唾が飛んでいるのが見えそうなほど男は必死だ。
ゆうは眉間に皺を深く刻み込みながら男を見据える。
ふいにゆうが動いた。
隣で酒を飲み合っていた男女らの中の一人が持っているグラスを奪うとグラスの中身を男の顔にかける。
二言、三言何かを男に言った後、怒りに顔を赤くしながらゆうはクラブをあとにした。
酒をかけられた男はすぐに慌てた様子でゆうを追い掛ける。
その様子を一部始終見届けると貴成もゆっくりと立ち上がった。
「あの青年に…問題ごとに自ら首を突っ込むのは感心しませんね。」
珍しく朝比奈が貴成の行動に注意をする。
今までこんなことがあっただろうか。
「ただの気紛れだ。」
「…………。」
何かを言いたそうに朝比奈が口を開くが、その口から言葉を発せられることはない。
貴成は万札を一枚、カウンターに置くと彼らのあとを追うために店をあとにした。
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