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「ところでさ」俺が切り出した。正直、どうでも良かった。訊かなければ一時の夢物語に出来たのかもしれない。
「アンタの名前なんて言うの」
「あっ、ごっめーん。そう言えば言ってなかったよね」
バツの悪そうな笑顔を見せると、軽く深呼吸して。
「改めて、サクラです」
凛とした声で教えてくれた。
彼女と声を交わしたのはそれが最後になる。
彼女はその日の夜、空ヶ三原駅近くの雑居ビル屋上から飛び降りたらしい。それは具体的にどこの誰が言っていたわけでもなく、朝にそこの回りが封鎖されていたのと周りがそんな噂を言っていた、その程度の話。
何故、彼女だったのか?
それが自殺なのか他殺なのか、誰にもわからないらしい。ただはっきり言えることは彼女はそれっきり姿を消してしまったと言うこと。
ただ、俺達は物分かりがいい方じゃないから、こんな結末に納得していない。彼女は俺達に夢の一欠片を見せてくれたのだから。
けど、今となっては後の祭りだ。
わからない事だらけで六年。俺達は思い思いにそれぞれの道を歩いている。
窓から振り替える。ベッドの横には赤塗りの板に六弦楽器。真姫には暫く弾いていない、そう告げたが実際は片時も手放していない。もしかしたらアイツはそれに気がついているかもしれない。
おもむろにギターを抱く。右手が弦を弾いた。
そりゃそうだろう。指先のタコを見れば一目瞭然だ。ちょっとやってる奴ならこの指先が何を意味しているのか、口で説明するより雄弁に語るだろう。
弾く曲目はロバート・ジョンソンの『クロスロード』ブルースだ。
この曲には逸話がある。
彼は悪魔に魂を売る代わりにハウスの奴らがぶっ飛ぶ程のギターテクニックを手に入れたらしい。
その悪魔に出会ったのが信号もない、夜の交差点。クロスロード。
ジョンソンのパズルのピースはそれから始まったんだろう。悪魔に魂を売り渡すぐらいの渇望が彼にあってそれを手に入れた。
俺にとっての渇望はサクラだ。六年間、それは色褪せていない。思い描くパズルのピースは未だにそこだけ空白だ。
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