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昔話をしていた。夢の続きの話だ。
俺達がいて、サクラが居て、総立ちのオーディエンスに囲まれて、眩いピンスポが寄り添うギターとボーカルを照らして…。
一人が言った。
『そういう夢物語はそろそろ卒業しようぜ』
「ああ、まったく」
理解している。でもダメなんだ。それだとポッカリと空いてしまった空白が埋まらない。
『もうお前のジグソーパズルは永遠に完成しないよ。みんなそうやって新しいパズルをとっかえひっかえ作り上げて行くんだ』
胸が痛かった。
身体を起こした場所はライブハウスでも夢の続きでもなく六畳一間の自分の部屋だった。
遮光カーテンから微かに光が漏れて俺は慌てて時計を確認する。
…まだ正午前だ。安堵のため息も束の間、時間に余裕がない事には間違いない。直ぐにシャワーを浴びて、お気に入りのシャツに一張羅の革ジャケット、ブラウンのボトムス。そして、自分の相棒が入ったケースを背負い込み、部屋を飛び出した。
別に何かを約束しているわけではない。自分で決めた週一で行うルールの様なものだ。
その日は六駅先まで足を運ぶ。いつも通り、いつも通りだ。
知り合いが滅多な事では訪れないような小さな公園、町交番の前、川の畔、ダムの隣を見つけて、ただギターを弾くだけのちょっとした自己満足の延長線。
沢山の人に聴いてもらうのが目的でない、知り合いに関わらないで欲しいのも一つの理由かもしれない。本当の目的を聞けばきっと馬鹿だと思われるだろうし、きっと遠慮なく言ってくるだろう。
そう、俺はサクラを探している。
六年間、何度も違う場所でギターを掻き鳴らす。いつかサクラに逢えると信じて。
自分でもわかっているのだ。端から見れば、こんなの馬鹿馬鹿しいと見えることぐらい。しかし、心に嘘を吐けるほど出来上がった人間じゃないつもりだ。
だから今日もギターを掻き鳴らす。
駅からしばらく歩いた住宅地の外れに噴水のある小さな公園がある事を確認した。
遊技設備も程々に足を休める事を目的に造られた風な印象を感じさせる。
噴水を囲んでベンチが六脚。ぐるりと周辺を回ったが陣取る場所は噴水を挟んで民家とは逆に決めた。
所詮はアコースティックギター。そんな大音量は出ないが騒音苦情が出てもめんどくさい。だから苦情が出ないように時間帯と場所は最低限気を使わなければと俺は考える。
噴水を囲う石造りに腰を掛けるとケースからギターを取り出して、軽く弦を弾く。
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