1人が本棚に入れています
本棚に追加
「卑怯な奴だな…」
「でももう決めたから」
すると菖蒲が立ち上がる。
上から強い意志の込められた眼差しを受け、つい横を向いてしまう。
不機嫌そうに横を向いたのは、菖蒲の眼差しに負けたことに素直になれなかったから。
正直俺にとって羨ましい限りである。
こいつは何かを選択し、歩き出そうとしている。
そこに常識など必要だろうか。
答えはこいつを見ていたらわかる。
俺は未だに何の選択肢も選べず、ただ不機嫌そうに横を向き、その顔を支えるようにテーブルに肘をつく。
「親には言ったのかよ」
ついそんな事を口走る。
最大の負け惜しみである。
「私の事は私が決める」
そんな俺の負け惜しみは、燃え散る枯れ葉のように一瞬で消滅した。
勝てるわけが無いのだ。
決めることができていない奴が、何かを決めた奴に。
「…そっか、お前はもう選んだんだったな。よし、んじゃ、行くか」
これ以上汚名は被れない。
自分は惨めであるかもしれないが、だからといってこれ以上惨めにしていいわけではない。
菖蒲は静かに頷く。
そして二人して喫茶店を後にする。
私の用事だからお金は私が払うと固くなだった菖蒲を無理矢理押し退け、俺は最後の意地で会計を済ませる。
何の意図も伝わっていないであろうが、俺は細やかな御祝いのつもりだった。
最初のコメントを投稿しよう!